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民族自然誌研究会 例会レポート



第86回

テーマ

【ござ、筌(うけ)、箕(み)、笠(かさ)、バスケット ― 編組品とその植物素材】

2017年4月15日
於:京都大学楽友会館

張りがあるしなやかな植物素材の組み編みは、丈夫な一枚ものの平面(ござや覆い、蓑、草履など)だけでなく、自立し空間を区切る形状の立体物を作るのにも適している。後者は、小動物を捕獲する道具(筌やかご罠)や、細かなもののふるい分けの道具(箕や笊、篩)、身装具(笠や藁沓)、あるいは収納や運搬のための容器(バスケットやかご、魚篭)として用いられる。例会では、植物素材の性質と製品の組織構造、そして作り手の操作の三者関係をみることで、民族自然誌ならではの視点から物質文化について議論した。

星公望氏(星工房、民具製作指導)は、西表島でおこなわれている民具製作を素材ごとに整理して示した。編組品の素材として使われていたのはクバ(ビロウ)、稲わら(イネ)、マーニ(クロツグ)、アダン、サンカクビー(カヤツリグサ)、ピデ(コシダ)、ススキ、ゲットウ、バショウなどである。とくにアダンは、支柱根の繊維と葉が、それぞれ編組品の素材に用いられていた。

川野和昭氏(南方民俗文化研究所主宰)は、主として鹿児島県各地およびラオスでの調査をふまえ、照葉樹林帯各地における竹細工のバリエーションを紹介した。そのなかでもとくに、丸箕と片口箕では使用する地域がほぼ分かれること、同じ片口箕でも両隅を見ると、材を折って編みあげる場合と材を切って縫合する場合があること、また照葉樹林帯であっても竹の利用が少ない琉球列島では一部の民具が欠落する場合があること、などを詳細に論じた。

関島寿子氏(かご製作者、多摩美術大学客員教授)は、織りものや漁網までを含む広い意味での編みものを、その組織構造から絡み・絡み結び・組み・巻き上げ・平織り・捩りの6種類に分類し、それぞれの特徴や材との対応を説明した。また、ひとつの材であっても、作り手の操作の加減で組織構造に変化をもたせることができ、素材と操作がさまざまな編組品を生むことができると指摘した。

上記をふまえてコメントした上羽陽子氏(国立民族学博物館)は、編組品についての物質文化研究を進めるにあたり、その分野が民具研究や染織研究とどのように関わるのか、また布を編組品として扱うべきなのかどうかを確認し、耐久性が低い編み素材を「線具」とみなして比較研究をしていくことの重要性を提起した。また、後継者育成や資源管理(素材の選択的栽培)など、物質文化研究以外の分野での論点も提起した。

総合討論では、物質文化の分布を地理的に論じていくにあたっての留意点として、①使用者の老若男女や使用場面の区別(ハレ/ケ)を意識しながら記録すること、②環境区分と文化区分は重なる点もあるが異なる点もあること、③遠くはなれた地域に似た技術があるいっぽう、近くにあるのに技術が異なる場合もあること、などが指摘された。素材の弾力性や伸縮性に着目して、組織構造や操作との関係を考えていくことは、民族自然誌研究会における今後の議論でも重要になっていくと思われる。

飯田卓(国立民族学博物館)

 

第79回

テーマ

【トチノキをめぐる社会生態誌―滋賀県高島市朽木を事例に】

2015年7月18日
於:京都大学楽友会館

トチノキ(Aesculus turbinata Blume)は、“トチノミ(栃の実)”として知られる種子が縄文時代から食用として用いられ、山村を中心に人々の身近な資源として利用されてきた。近年ではトチノミを特産品づくりに積極的に活用する地域も多く、丹波高地の一角をなす滋賀県高島市朽木では、20年以上前からトチ餅が道の駅などで販売されている。しかし、2008年~2009年にかけて、同地域ではトチノキの巨木が大量に伐採されるという事件が発生した。これは、長年培われてきたトチノキと人々との共存のバランスが崩れつつある状況が生じていることを意味し、その背景には山村社会の過疎高齢化や野生動物による実の食害など、多様な要因があることが推察される。トチノキ巨木の伐採をめぐる課題を理解するには、トチノキが生育する自然環境やその地に暮らす人々の生活を見つめなおすことが重要である。本例会では、2011年からトチノキと人々との関わりに注目して生態的・社会的な調査研究を進めている3名の研究者が話題提供を行い、伐採問題を超えた山村の地域課題の解決の糸口やトチノキとの今後のつきあい方について議論を深めることを目的とした。
手代木功基氏(総合地球環境学研究所)は、「滋賀県高島市朽木地域におけるトチノキ巨木林の立地環境」と題し、朽木の里山に成立するトチノキ巨木林について紹介し、巨木林が立地する環境の特性を自然環境および人為環境の両側面から報告した。先行研究から、巨木が伐採などによって世界的にもその数が減少していることを指摘した後、朽木の一集水域(Y谷)における調査結果を紹介した。この谷では、230個体のトチノキが出現し,そのうち47個体(20%)が巨木であった。巨木の生育場所は,小・中径木の生育場所に比べて集水域の上流側であり、谷底からの比高が高い位置であった.これらの結果は,トチノキ巨木が比較的撹乱が少ない地形的に安定した場所に生育していることを示している.人為的な環境からみると,トチノキ巨木林を含む落葉広葉樹林は刈敷や薪炭材としての継続的な利用が行われてきた。また、住民はトチノキの種子であるトチノミを採集するため、トチノキを選択的に保護してきた。すなわち、朽木地域のトチノキ巨木林は,地形的に安定した環境であり,かつ住民によって定期的な撹乱と選択的な保全が長年にわたって維持されてきた里山的な環境に成立する「文化遺産」であると述べられた.
 八塚春名氏(日本大学)は、「トチ餅づくりを支える超地域的なトチノミ利用ネットワークの形成」と題し、同地域のトチ餅づくりの工程や原料となるトチノミの入手方法に関して報告した。トチノミを採集し、トチ餅をつくる過程は非常に複雑であり、特にアク抜きの工程に技術を要する。同地域では昭和30年頃まで、各家庭でトチ餅づくりが行われてきたが、その後衰退し、1980年代後半から地域振興の流れを受け、「栃餅保存会」という組合が結成され、商品として再びトチ餅が作られるようになった。しかし、拾った実を干す作業などに労力がかかること、シカによるトチノミに対する獣害の深刻化、商品化による実の需要の増加により、トチノミを自家採集して餅をつくる生産者はほとんどいなくなったという。他方、他地域からトチノミを持ち込む個人あるいは行商人などが現れ、また、餅の生産者がそうした人々とのつながりを徐々に構築し、地域を超えたトチノミ入手のネットワークがつくられている。こうした資源利用のネットワークは、過疎・高齢化に悩む山村において、一地域では不可能になりつつある活動を広範囲かつ多層な資源利用によって可能にするという、新しい資源利用の形を提供する可能性があることを指摘した。
飯田義彦氏(国連大学サステイナビリティ高等研究所OUIK)は、「生きたトチノキを活かす地域づくり活動の展開過程」と題し、朽木のトチノキ伐採問題を契機に開始されたトチノキの保全運動について報告した。同地域では、2009年頃からトチノキの巨木が伐採され,ヘリで搬出されたとの情報が県に寄せられるようになり、地元の自然保護団体に伝わった。そして、トチノキ巨木の伐採が社会問題化し、地元住民からの情報がさらに集積され,全体像が浮かび上がっていった。そうしたなかで、地元の自然環境に詳しいA氏が講師となり、巨木の観察会などが開催されるようになり、同時に巨木の生育調査が進められた。その活動の過程では、県下最大級(幹周囲7.2m)のトチノキが確認され、伐採寸前のところで所有者の親戚を通じて伐採中止の申し入れが行われるという事態も生じた。また行政との連携も進められ、専門家の協力のもと、トチノキ巨木保全を求める要望書と署名がまとめられ,2010年10月15日に県知事に手渡しされた。保全運動の過程で2010年10月31日に「巨木と水源の郷を守る会」が設立され、観察会や森づくり、トチノキ祭りなどのイベント開催など、トチノキの魅力や重要性を啓発する活動が進められるようになった。そうした活動で特徴的であったのは、トチノキとの関わり方が多様化してきているという点とトチノキを共通項とした地域間の交流という点であるという。このような動きは、生態系サービスという観点から整理すると、トチノミを食用として利用する供給サービスから文化的サービスへの比重の転換とみることができると指摘した。
総合討論では、はじめにコメンテーターの井上卓哉氏(富士市立博物館)が長年調査をされている秋山郷におけるトチノキ利用の事例を紹介された。秋山では、朽木のようにトチノミが食用として用いられ、トチ餅やコザワシなどのトチノミ加工食品を利用する文化があるとともに、木鉢の原料として材が活用されてきたという。また、ご自身の自宅に植えたトチノキに対し、通行人が「これは何の木?」と尋ねてくることがあるという事例を紹介され、トチノキと住民との共存を考えていく際に、現物をみて興味を持ってもらうことが第一歩であることを指摘された。参加者を交えた議論の中では、京都府綾部市古屋から参加された男性が同地域のトチノミ利用の事例を紹介され、京都市など都市に住む多くのボランティアの助けが重要であることを述べられた。全体を通じ、朽木地域に成立するトチノキ林が住民との密接な関わりのなかで形成され、また現代の社会においても多様な人々との繋がりのなかで活用されつつあることが確認された。

藤岡悠一郎(東北大学学際科学フロンティア研究所)

 

 

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